クレハサッカー部

フラッシュバック

Story1. 東北リーグへの参加!!

クレハサッカー部は58年目を迎える歴史あるサッカー部です。この歴史と強いクレハの伝統を支えた先輩やOBから当時の思い出を伝えて行きたいと思います。記念する第1回は、「Mr.クレハサッカー部」 川尻敏弘さんに1977年から13年間参戦していた当時の東北社会人リーグの話を伺いました。
川尻敏感弘 氏名 川尻敏弘さん
生年月日 1958.12.15
所属年数 1977(S52)~1994(H6) 17年
現在 福島県サッカー協会 理事 天皇杯実行委員長
後輩コメント 今でも、常にチームのことを真剣に考えてくれるので大変感謝しています。いつか必ず結果をだすように頑張ります

質問1. 当時の東北リーグの状況

発足当時は、青森・岩手・宮城・福島からの5チームで始まり、その後東北6県からそれぞれ参加し8チームによる東北社会人リーグと発展していった。 東北社会人リーグの発足で、サッカー後進地域と言うイメージを払拭させ、全国へ東北のサッカーを発信させる画期的リーグであった。 リーグ発足へ向けご尽力された皆様に感謝申し上げます。

質問2. 始まったばかりの東北リーグで戦っていたころの気持ち

東北リーグの中でも、Aクラス・Bクラスとクラス分けが出来るようなレベルの差が感じられた。その中で、当呉羽(現クレハ)はミドルゾーンに位置していたが、Aクラスのチームにはどうしても勝つことができず、チーム戦術面で悩んでいたことが思い出される。そのころが呉羽のサッカーが変わりつつある時期でもあり、チーム力が不安定で結果に結びつかなかったのかも知れない。ただ、遠征も含め過酷なリーグを参戦していく内に、チームメイトとの絆がいっそう深まったのは確かである。

 質問3. 現在のリーグと違うところ

一口に言うと、昔は企業チームが社会人サッカー界をリードしていた

 質問4. 一番の思い出or後輩へのメッセージ

平成2年3月、NEC山形(現モンテディオ山形)との東北リーグ入れ替え戦である。強風雨の中いわき陸上競技場に於いての一発勝負であった。NEC山形は、地元山形国体優勝を目的に数年前から選手を補強していた為、当時はかなり完成度の高いチームであった。しかし、呉羽もベテランから若手までバランスの取れたチームであり、心身ともに充実していた時期であった。試合には負けて13年間活動してきた東北リーグを明け渡す悔しさは相当なものであったが、この一戦を体験できたことで、サッカーの本当のすばらしさを教えてもらった気がする。

1978年(昭和53年)当時の記録 第2回東北社会人サッカーリーグ

チーム 新日鉄
釜  石
呉  羽
化  学
盛  岡
ゼ フ ゙ラ
十和田
キッカーズ
東  北
石  油
1 新日鉄
釜  石
  ○11-0 ○1-0 ○5-0 ○7-0 7     35 2 33 14
○6-0 ○2-0 ○3-2  
2 呉  羽
化  学
●0-11   △2-2 ○4-1 ○1-0 4 1 3 14 25 -11 9
●0-6 ○4-2 ●1-3 ○2-0
3 盛  岡
ゼ フ ゙ラ
●0-1 △2-2   △4-4 ○3-2 3 2 3 22 15 7 8
●0-2 ●2-4 ○6-0 ○5-0
4 十和田
キッカーズ
●0-5 ●1-4 △4-4   ○2-0 3 1 4 15 25 -10 7
●2-3 ○3-1 ●0-6 ○3-2
5 東  北
石  油
●0-7 ●0-1 ●2-3 ●0-2       7 4 23 -19  
  ●2-2 ●0-5 ●2-3